<   2007年 08月 ( 20 )   > この月の画像一覧
仇討ち Ⅱ
e0086212_19115815.jpg



大老の仇を討った男 3

やがて時刻が移り
一同、歓を盃して散会し、御殿医も居間に引き取った。
斉昭は寝所に入る前、縁側に出て便所に入った。

やがて、済ませて手水鉢に手を出そうとしたところを

貞義は、突如陰から飛び出して斉昭の脇腹を刺した、
斉昭は、御殿医の名を呼び、宿直(とのい)の士も縁側に飛び出して来た。

斉昭は、左の手で縁の柱をつかみ右手で脇腹を押さえており
そのまま声もなく縁側に崩れ落ちた。
斉昭は61歳。皆が慌てて寝所に抱き戻したが
「遂にお開き遊されず」と、家中の士の手記に残されており
その手記は、いまも国会図書館にある。

図書館の諸本によれば、公式の藩の記録には
「酒宴が終わり、急に病 重なり遂にお開き遊されず」となっている。

又、他の藩士の手記には
「殿様の死因につき、家中、城下 諸説あれど」となっている

 今日、水戸での伝承では
犯人は、短筒(ピストル)を撃った後、逃げて庭の池に落ち
水中で自決したとある。


また、犯人を捕らえたという説もある。

しかし、捕らえたのであれば処刑したであろうが
その記録も残っていない。

また、この仇討ちをした者の名前、生まれた国、出身の藩の名前も
まったくない。

当時、貞義と則経の家にはすでに両親はなく、貧乏のどん底にあった。
足軽では、水戸への旅費にも事欠いたであろうに
当時、舶来で高価な短筒が買えるわけがない。

当時の短筒は、一発必殺の武器でもなかった。

足軽風情で殿の仇を討とおうと、他の藩の殿様を命を貰う
悲願をかけた程の青年、貞義であれば、自らの剣に運命を託すのが
自然の成り行きだと思う。

水戸の伝承では、犯人は 上州佐野藩 郷士 某であるという。

佐野藩は、水戸の支藩である。
佐野藩は小藩であるし、郷士というものは少ないはずである。

してみれば、佐野藩の郷士という以上、何村の何兵衛であるということは
すぐにわかるはずである。

徳川の時代に、御三家筆頭の水戸藩の力を以ってすれば
そういう吟味は忽ち出来るはずである。

しかるに貞義は逃げたのであるが、真に誰が犯人であったかは
今日でも水戸ではわからないのである。

水戸藩では、あらゆる操作をして邸内に入った者を吟味したであろう。

庭師の親方も調べられたであろう。

そして、配下の人夫の一人が行方不明になったことが
すぐにわかったであろう。

この人夫は、水戸邸に出入りするにあたって、その身分を
親方に告げなければならない。

その際に、水戸の近くの佐野藩の郷士だと偽ったのであろう。

続く
by yukarin0513 | 2007-08-31 19:13 | エッセイ
仇討ちⅠ
この物語は、サイトでアップしたものです。
最初は、ライブドアブログです。途中であの事件があり、FC-2に替えました。
FC-2は画像が貼りにくく、エキサイトに移行しました。

もう一度すべてのものをここに移行します。
まだ読んでおられなかった方は、是非読んで下さいね。

フォットショップが不調です。
画像処理が出来ず、がっかりです、、

e0086212_16273242.jpg


大老の仇を討った男 1

このお話は、伝え聞いたものです。

T.Sさんの奥様の父は、第一回帝国議会から死ぬまでS県の代議士でした。
日本最初の政党内閣であった、板隈内閣の司法大臣を勤めておられました。

彦根市に住んでいた足軽 ○○貞徹の家に次男として生まれたそうです。

彼には兄と弟がいました。
貞義と則経です。

足軽は身分は低いものではあったが、貞徹は我が子を
彦根藩中どこの士の子にも劣らぬように厳しく鍛え、殊に毎日
幼い頃から川や山に連れて行き、そこで剣道をたたき込んだ。

足軽は、士分の者の通う道場へは行けなかった為であろうか。

そんな訳で兄の貞義は、同僚の中で抜群の腕前を持つようになった。

幕末、萬延元年3月3日 1861年
江戸城の桜田門外で、彦根の殿様 井伊大老が水戸の浪士に殺害された時
貞義兄弟の両親はすでに亡くなっていた。

兄弟は、殿様が殺されたことを悔しく思い
水戸の殿様を殺して自分たちの殿様の仇を討ということになった。


大老の仇を討った男 2


そこで、剣の一番たつ、長兄 貞義は当時二十歳前後になっていたので
脱藩して、単身密かに水戸へ出奔した。

彼は、水戸邸内出入りの庭師の手伝い人として
その邸内に入り、斉昭の屋敷内外の形状を探った。

又、旧暦8月15日(新暦9月29日)は、例年 中秋の名月の宴が
奥殿で開かれるのを知った。

すなわち、酒宴の前後は烈公斉昭も宿直(とのい)の士も
酔うて警戒が手薄になるであろうと察し

その時期をねらうべく、奥殿の床下に隠れること、4日3晩だった。

後に記す、水戸の記録によれば
15代将軍慶喜の父である斉昭は、その頃肺を病んでいた。

その日の夕刻、御殿医が診察したところ
身体の具合、良好ということで心おきなく酒宴に臨んだ。

続く
by yukarin0513 | 2007-08-30 16:32 | エッセイ
朝日
一日の始まり
近くの日の出です

e0086212_17264988.jpg



今日のルリマツリ
e0086212_17262692.jpg




ランプと、扇風機
リサイクルのお店で買いました。
扇風機は動きます。風力もあり涼しいです♪

e0086212_1815032.jpg

by yukarin0513 | 2007-08-29 17:35 | 風景
稔り
e0086212_16364941.jpg



e0086212_16371218.jpg



去年の画像からです
この頃は、jpg撮影でした。
こつこつと、これからも自分の好きな画像が撮れたらいいな
そんなことを思いながら、毎日レンズを覗いています。
by yukarin0513 | 2007-08-28 16:42 | 散歩道
立秋
e0086212_18402669.jpg



季節の数だけの、ありがとう

いっぱいの、ありがとう

これまでを生きて、生かされて

風を感じます
雲が見えます
空が見えます
潮騒が聞こえます

感じなかった、季節の移ろい

見えなかったものが、見えてくる

今、心の中でつぶやきます

ありがとう、と・・・・
by yukarin0513 | 2007-08-27 18:42 | 散歩道
晩夏
8/24撮影

e0086212_16313142.jpg



e0086212_16314382.jpg



e0086212_646139.jpg




強さ下さいね
私に下さいね

小さき命は、さりげなく生きる

過ぎてきた季節に
問いかける

自分に過ぎてきたこと
すべてのことを大切だと思う心

両親からの慈しみ
包み込まれていた愛

いつまでも
いつの日も

忘れることのない愛情

小さき命を眺めて涙ぐむ・・・・
by yukarin0513 | 2007-08-25 16:33 | 小さな生き物
残照
8/21撮影 70-200 

e0086212_16143978.jpg




e0086212_16142234.jpg




澄み渡る 蒼き空よりの使者 秋という名の小包 風ひとつ
by yukarin0513 | 2007-08-23 16:17 |
風を見る花
e0086212_15483981.jpg



e0086212_15485550.jpg


ゆらゆらと

さらさらと

風に吹かれて

思いのままに、揺れている

風を見る花

優しき、秋桜です

********************
里親探しの子猫ちゃん
みんな、新しい家族の元へ巣立って行きました。。
by yukarin0513 | 2007-08-21 15:52 |
ルリタマアザミ
e0086212_18372396.jpg



e0086212_18374418.jpg


ルリタマアザミは、アザミという名がついていますが、アザミ属ではありません。
茎と葉は、アザミによく似ていますが、花は球形でアザミとは違った形をしています。
植物学的には、アザミと同じキク科で、ヒゴタイ属です。

 学名のエキノプスは、ギリシア語のエキノス(ハリネズミ)がもとになっています。
花の形がハリネズミに似ているからです。

********
いつもお出で下さりありがとうございます。
今日まで、お盆のお客様がおられました。
お伺い出来ずごめんなさいね
明日からまたお邪魔させて頂きますね
by yukarin0513 | 2007-08-20 18:45 |
元気よく
8/16撮影

e0086212_15401254.jpg



e0086212_15402398.jpg


元気よく

お日様へ向く

真夏の太陽が好き

太陽に愛された花

今年も、向日葵が咲きました
by yukarin0513 | 2007-08-17 15:43 | 風景